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相馬野馬追 北郷総大将 お迎え
先ず初めにこの動画は一昨年の2011年7月23日のものであることをお断りする。相馬野馬追は1100年以上の歴史を誇るものであるが、今まで中断したのはたった一回、太平洋戦争の時のみである。今だから言えることだが、この戦争の時でさえも、お忍びで僅かな騎馬が出陣したと言われる。それだけこの祭りは相馬の人にとって特別な意味を持つものである。

ここで「成り切り」について再び考えてみたい。「成り切り」は一歩間違えれば煩悩になってしまう懸念があるが、それでも人はやはり己へのこだわりを持って生きるべきだろう。何故ならそれは人は己と他人との識別を感ずることでそこに己の存在価値を見出し、モチベーションを高揚に至らしめ、やがては公私の充実に達する原動力となり得るからである。

前置きはさておき、本日の野馬追二日目は真にいい天気であった。その模様は次回にお伝えすることにして、今日は昨日行われた北郷での総大将お出迎えの模様をお伝えしたい。私とSさん(年配の紳士)は相馬市で行われた宇多郷出陣式の後、JR常磐線に乗って鹿島駅で降りた。

北郷本陣はJA鹿島の駐車場となっている。正午前にはこのような大観衆が訪れていた。1100年以上の歴史を誇る野馬追ゆえ、地元にお住まいの人にとって、野馬追弁当を食べながら相馬武者の口上を聞くのはこの上もない至福でないだろうか?

ここに集った多くの御仁は侍の強い心と慈しみの精神に触れたいのだ。だから今年もこうして集うのである。

google航空写真で位置を確認して頂きたい。
黄色:JR鹿島駅
赤:北郷本陣が敷かれたJA鹿島

北郷では副大将の海老原氏が総大将の相馬行胤公をお迎えするのが毎年の慣わしとなっている。海老原副大将は御年59歳、祖父の時代に野馬追への功労があり、15年連続で副大将を務めているという。彼は如何にも豪快で、屈強な相馬武士さながらであるが、笑顔が素晴らしい。

但し、けしてそれだけではない。彼の物腰は穏やかであり、何事も思慮深く、全体から文武に優れた人物というオーラが出ている。こうした資質はご先祖から受け継いだのだろうか。やはり副大将を務めあげるだけの器量がある。将たる者は器量が命、私は間近に彼に接し、そのような印象を抱いた。

※右から二番目のかたが海老原副大将である。

式典に先立ち「相馬流山」を歌う一同、全員が心を一つにして先祖から受け継いだ国歌を歌う。やはり気合の入り方が違う。

相馬流山を歌った後で副大将の訓示があった。それにしても湿気がすごい。中には、朝から酒を飲んでいる武者もいるゆえ、この先が心配でもある。

副大将の命令で、近くで待機している総大将の出陣時間を聞いてくるようにとの指示(伝令)が出た。但し、騎馬武者への直接の命令ではない。軍者(マネージャー役)を通しての命令である。侍社会が縦の序列(組織社会)で成り立っている所以である。

三回に渡る伝令(総大将到着時刻の伺い)の後、いよいよ総大将到着となった。
時刻は12時53分である。

従者数名を引き連れ、副大将が待ち受ける北郷本陣へ向かう総大将相馬行胤公に、周囲から惜しみない拍手が送られていた。

お迎えの儀が終われば総大将の御馬はこの専用の運搬車で南相馬(原ノ町雲雀ケ原)に向かう手はずになっている。

次回は本日7月26日に行われたお行列の模様についてハイライトでお伝えしたい。
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