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2009相馬野馬追大手門よりの出陣
相馬野馬追まであと一週間
来週火曜日から金曜日まで有給休暇を取った。従って今日から9連休である。相馬野馬追まで後一週間に迫った今日、9連休の初日をどう過ごすかについて迷いは一切なかった。

私は本日、震災以来4年4ヶ月ぶりに福島県南相馬市を訪ねた。代行バスと電車を乗り継ぎ、JR原ノ町駅に着いたのはAM9時半頃であった。「感無量」という言葉があるのならこうしたシチュエーションを指すのだと思った。

駅前通りを西に向かうとこのような旗差ものが飾られていた。家紋は武士にとって誇りであり、命とも言えるものである。家柄があるから今の自分がある。それゆえ、武士にとって「家」は主君の次に優先しなければならない大切なものである。

google航空写真で本日、私がたどった後を確認して頂きたい。
青:原ノ町駅
水色:本日ミックがたどったルート
黄色:来る7月25日&26日に武者行列が通るルート
赤:宵乗り競争や神旗争奪戦が行われる雲雀ケ原
橙:南相馬市博物館

ここが宵乗り競争や神旗争奪戦が行われる雲雀ケ原馬場である。藩政時代は今の国道6号線にまで至る広大なものであったとされるが、今ではこれを知る人は少ない。但し、野馬追に賭ける相馬武者の熱き志は今でもけして失われていない。

雲雀ケ原を訪ねた私は、目と鼻の先にある南相馬市博物館を訪ねた。

館内は野馬追に関する展示品が多く見られた。特別展は「相馬の物具(もののぐ)文化」であった。藩政時代の武士は家柄によって上級から下級に至るまで厳しい序列が与えられていた。従って「物具」を見れば武士としての地位(上級、中級、下級)がわかる。この序列を乱すものがあれば武士の名誉において果し合いを挑むことができる。例を挙げるならば、主君を前にした席を巡っての家臣同士の争いはけして珍しいことではなかった。武士は名誉に生き、名誉に死ぬる。これが武士道の真髄である。

主君への忠節はあくまで名誉遂行への手段である。武士にとって名誉はあらゆることに優先して履行されなければならないことであった。鎧、甲冑は武士としての格式を表すものであり、彼らの誇りでもある。

帰りの電車の便が不自由(12時2分の後は13時42分)ゆえ、私は11時に博物館を出た。その後、このような昼食を買い求めた。私は相馬武者の心意気に圧倒されたゆえ、少し精のつくものを食べたかった。もちろん武者の心に少しでも近づく手段としてアルコールも必要である。

私はレバーの唐揚げをビールのつまみにして昼食を済ませ、そして12時2分発の下りの列車に乗り込んだ。

12時半前に相馬に着いた私は折りたたみ自転車で一週間後に総大将出陣式が行われる中村神社に向かった。大手門の前にはこのような白黒の模様の旗差しが見られた。後一週間で彼らの熱い志に触れることができる。そう思うと私は大いなる心の高揚を感じた。私は本日の下見の成果に十分満足し9連休初日の本日、やや早い帰途に着いた。
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