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 バッハ G線上のアリア 
相馬宇多川の川歩き
久しぶりの連休となった昨日の土曜の朝、私はJR代行バスで相馬を訪れた。いつもと違い代行バスの乗車率は低い。始発の亘理駅からの乗車は私を含めてたった五名であった。相馬駅に着いたのは9時6分である。下車に及んだ際、これから有り余る時間をどう使うかが私の胸中に全て委ねられる時、改めて人生に於いて余暇と仕事のバランスが如何に重要であるかを再認識した気がした。

これを疎かにしてはならないのは今の私が痛いほど知っている。だが10年前はこれを知らなかったゆえ、不覚にも心の病を患ってしまった。言うまでもなく後悔は先に立たないのが世の慣わしである。但しこれも今となっては良薬口に苦し、「経験は何物にも代え難い宝」である。私はそのようなことを心の片隅に留め、目的地である宇多川方面に向かって歩き出した。

JR常磐線を横切って海側に向かうにはこのような踏切を越えねばならない。

踏切を渡って南に進路を取ると常磐線の上り列車が通過した。二両しかない列車、いつもはこれに乗って勤務地に通っている。

目前に見える橋は国道6号線に掛かる橋である。この日の目的は国道を越え、如何に太平洋に少しでも近くアクセス出来るかどうかがテーマであった。

航空写真(約1.8倍に拡大可能)で歩いたルートを確認頂きたい。(歩行距離約9キロ)

橋を南に渡り、宇多川の下流の流域にルートを取った。すると間もなくこのような大湿原が私を出迎えた。

次に南側に目を向けるとこのような広大な平原が視界を捉えた。この地方の成り立ちの源が河川の沖積性にあるのを実感するアングルである。

500メートルほど行くと市道と河川敷道路との分かれ道に遭遇した。その分かれ道にあったのがこの八坂神社である。
今回八坂神社の詳細に触れることは出来なかったが、多くの先人が此の地を訪れ、様々な願をかけたという事実に触れ、私は己の背筋を正される思いがした。

私は河川敷の道を黙々と歩いた。畑があり野菜や穀物が植えられているが私有地なのか公地なのかは全くわからない。耕地の中に焚き火と見られるものを見つけた。

時間はゆったりと流れる。これは都会では決してられない感覚である。河原には鬱蒼とした竹林が佇んでいた。霞んでいるため海はその気配さえ覗えそうもないが、竹林の向こうは宇多川である。

しばらく歩くと、数年前に新たなバイパスとなった国道6号線が視界に捉えられた。
宇多川にはこのような簗場も見受けられた。

国道6動線のトンネルを潜って東側の集落に出た。何もかもが人生初体験ゆえ、好奇心をくすぐられるシチュエーションである。

住宅地と耕地の複合した地域であったが、ここから数キロ進めば海である。私はそろそろ見納めとなったアジサイをしみじみと見た。紫という色彩は人に叙情をもたらすものである。
紫から感ずる特有の感性は孤高とも寂寥感とも受け取れる。その趣がやがて過ぎ去りゆく初夏特有のほろ苦い余韻を私に投げかけるのであった。

700メートルほど行って進路を河川敷に求めた。すると不思議な隧道に遭遇した。出来れば通り抜けたかったのだが、敢えてここで打ち止めとした。隧道の向こうは私有地でもあり、震災の爪痕を彷彿するセクションである。

記事には割愛したが祠や石碑も多く見受けられたこの日の散策であった。
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