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 早朝の仙台にて
家族に或る出来事があり、有給休暇を使い二日ばかり仙台に戻った。昨日の早朝私は鳥滝神社に足を運んだ。願をかけるという意味ではないが、あくまで無意識であったが、家族を案じつつ心の中に平静を留めたいという願望がこの神社に足を向かわせた理由なのかも知れない。

この神社は数年前精神的不調に陥った際、毎朝欠かさず「誓けい」(うけい:本尊に向かって黙祷し、お互いに相手を見守るという誓いを心に刻むもの)を行い、回復に至った経緯がある。

私は無神論者であり、矛盾があるような気もするが趣旨は精神的な自立を促すものであり、信仰の中での神頼みとは一線を画すものである。これは往時読みあさった本の中の一冊に書かれていたことで、著者は「誓けい」の対象は朝日でも大樹でも何でもいいとしている。

誓けいを終えた私は半袖の二の腕に心地よい冷気を感じながら北環状線の近くにあるうどう沼に足を運んだ。

うどう沼は藩政時代に作られた灌漑用のため池である。昭和40年代は山の中にあった沼が周囲の宅地化が進むにつれ、今は市民の憩いの場となっている。沼畔には二人の釣り人が居た。年恰好からいってシニアでも先輩のかたとお見受けした。私もそろそろ定年退職ゆえ、平日の早朝から釣り糸を垂れる境遇を羨ましく感じた。

散歩の途中だろうか?先輩シニアのかたが四名ほど何かを一心に見ておられた。

カルガモの親子である。雛も相当大きくなってそろそろ独り立ちも近いようである。子を育てる親、主君に仕える家臣、重要な使命を帯びた御仁…、人は何かを成し遂げようとすることで心の迷いを回避させ、真の安定が得られるものなのかも知れない。私はそのようなことを考えながら、四名の先輩シニアのかたと談笑し、この微笑ましいカルガモの親子を見守った。

急に腹がすいてきた。近くには24時間営業のファーストフード店(吉野家)がある。

豆腐ブッカケメ飯はカロリーが少なめでヘルシーである。

家族とは十分にコミニュケーションに及び、私は再び任地へと向かった。
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