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八百年の時を越えて感じる高蔵寺阿弥陀如来像の慈悲の心
去る5月24日角田市高倉地区の古民家「佐藤家住宅」を訪れた私は隣接する勝楽山高蔵寺に足を運んだ。寺の立地は佐藤家住宅より100メートルほど東に行ったところである。

我が国に於ける現存する建物で奈良時代のものは7箇所、平安時代以前となれば26箇所とさえる。その26箇所のうちでも東北に現存する建物はたった3箇所である。この日はボランティアと見られるかたが寺の周りの草刈をしておられ、タイミングがよくお坊さんを見かけることが出来た。本堂に向かって低頭しているのがお坊さんである。

開山されて実に1200年近く経つ。また同寺が建立されたのは1177年(平安期)ゆえ、838年前の建物ということになる。東北地方では、平泉の中尊寺金色堂、福島県いわき市の白水の願成寺阿弥陀堂とともに現存する数少ない平安期の貴重な文化遺産とされている。

本堂から参道を見下ろしてみた。石灯篭は後年に立てられたもののようであるが、石畳に投じる木々の陰、小鳥のさえずりは如何にも心地よいが、一方で多くの古刹に見られるように何か己の背筋を正されるような独特の雰囲気も感ずる。静かに目を閉じると建物が建立された八百数十年前の面影がわずかながら察せられた。

東側のアングル、茅葺屋根の作り出す微妙な曲線は見事というしかない。

本堂の中には阿弥陀如来像が安置されているとのことである。
※画像は角田市ホームページより引用

北側のビュー、建物は大正初期の建て替え改修工事を経ているが、保存状態は極めて良好である。

もちろん、コンクリートなどはなかった時代ゆえ、土台にはこうした束石が設けられている。床高は40センチほどである。

西側のビュー、実は寺の北西側は84本にも及ぶ萱(カヤ)の群生が見られ、県内唯一の群生林と見られている。(角田市教育委員会)
一見すると高蔵寺は萱の大木に見守られるように建っている印象を受けるが、この萱の木とて樹齢三百年~四百年ゆえ、建立時の様子は知らない。

大正初期の改修工事がどの程度のものだったのか知る由はないが、柱や梁などの多くの主要部材は平安期からのものと考察される。

本堂の東側には同寺ゆかりの僧と見られる墓があった。

私は心地よい木漏れ日の中、高蔵寺と阿弥陀如来像が八百数十年という年月に渡ってその時代に生きる人々の煩悩を和らげてきたことに畏敬の念を抱きつつ、いにしえ人の霊妙垣間見る此のを後にした。
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