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仙台領江戸時代中期の平均的な農家
一昨日の5月24日(日)私は宮城県南部の角田市を訪れた。目的は或る古民家を見学することである。

※以下宮城県トップページより引用
佐藤家住宅は、江戸時代中期(18世紀中頃)のもので、仙台領内中農家(本百姓)の家屋の典型とされ、国の指定を受け昭和47年に移築・復元された。間口14.9m、奥行7.8mの直屋様式をとり、屋根は寄棟造の茅葺で、東北の農家らしく重々しいものとなっている。

中規模農家とは言え、佐藤家は庄屋をつとめ、古来修験者(山伏となって修行を重ねた者)が住んだとも言われている。

佐藤家の位置(赤)を航空写真で確認して頂きたい。平安期に建てられた高蔵寺と隣接しており、角田盆地の西のはずれにある。

南側のアングル、今まで多くの古民家を見てきたが、佐藤家住宅の特徴は屋根に煙出し用の開口部が設けられている点である。残念ながらこの建物は移築されたもので実際に建物があったのはここからやや離れた東側とのことであった。

北側のアングル、北側や西側に開口部が極端に少ないのは冬場の北風を意識したものと考えられるが、東側にも開口部は設けられていなかった。

土台回りは割栗石となっている。特に柱のあるところにはやや大きめの石が設置されているようである。

土間側から今を望んでみた。実に土間と合わせると58畳(うち27畳が居間、31畳が土間)にも及ぶ広い面積となっている。

三部屋しかない間取りだが、宮城県地方に於けるこの時代の農家の間取りとしてはごく一般的なものと考えられる。

土間が広いのは冬場や雨天時の農作業を考慮したものと考えられる。

作りつけと見られる収納スペースを見るにつけ、昔人は自ずと意識することなく断捨離に及んでいたとも考えられる。

文明が進みものが溢れ、飽食時代とも言われる現代だが、こうした面に於いては昔人の生活習慣(生活に必要なものだけをそばに置き、不要なものをいつまでも据え置かない)には見習うべきものがあると受け止めている。

素朴な机であるが、シンプルゆえに何かひかれるものを感じた。

藩の禁止令によって天井は設けられていない。南側小屋裏には外観で紹介したように、煙出しのための開口部が設けられている。

冬場に於ける暖房は広間の囲炉裏と火鉢だけだった。天井がないので熱は上部に逃げてゆき、冬場はさぞかし寒かったことだろう。

拡大航空写真をご覧頂きたい。赤が佐藤家住宅である。誠に恐縮ながら、移転する前の佐藤家が果たしてどこにあったのかまでは調べきっていない。

住所:宮城県角田市高倉字寺前50
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