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 Van Halen Jamp 
エッセイ「知らないことはけして悪いことでない」
夏至まで一ヶ月を切った。季節はすっかり良くなった。もし、私が「一年中で一番好きな季節は?」と人に聞かれたのなら迷わずに「今の季節です」と答えることだろう。

私は昨今のモヤモヤを吹き飛ばしたい一心でバイクを西に向かって走らせた。麦畑の向こうには僅かに雪を頂いた蔵王が見えている。何事も小事に捉われずに志は大きく持ちたいものである。私は雄大な蔵王に向かって今の己の胸のうちを懺悔に及んだ。「今の自分には少し自信が不足し、心の中に迷いを生じているのですが、どうしたら自信を取り戻せますか?」と。

偉大なる蔵王はしばらくしてこう答えた。「世には時の運がある。運があれば君のかなうことが訪れよう。だが君の心に少しでも心の濁りがあれば、運は自ずと去ってゆくことだろう。」と。

今の自分にとってはわかったようなわからないような返事だった。私はその答えを何とか見出そうとバイクを更に西に走らせた。雄大な蔵王に近づけば求めていた答えが見つかると考えたからである。



対向車がほとんど来ない田舎道をひたすらに走った。水を張った田、すっかり深緑に装いを変えた林、鳥になった気分だった。今の季節を人間の年に例えるのなら二十歳。皐月の風と光が私を倒錯にいざない、遠い時空を越え、過ぎ去りし二十歳の頃にワープしてくれた。

あの頃は若かった。未熟だった。視野が狭かった…。だがここで私は思った。若いから、未熟だから、視野が狭いから迷わずに済んだのではないだろうか?歳を重ねて様々なことを経験したから、それが却って仇となって、こうして今の己を悩ませるのではないのだろうか?と。



今の心境は誰にも知られたくない。私は人気のないところにバイクをそっと止めた。林の向こうには宮城の霊峰蔵王がそびえている。ここで私は再び蔵王に問いかけた。「賢者には賢者の徳がありますが、この世では賢者が全てでしょうか?若輩者には若輩者なりの賢者にない知恵があると思うのですが?」と。尊敬を寄せる蔵王は笑うばかりで、何も答えなかった。



陽はまだまだ高かった。私は二十歳の時の頃の自分に思いを馳せた。生意気だった私は陰で多くの御仁から「この青二才め!」と罵らたことだろう。だがこれは今になってようやく思い浮かべることに過ぎない。

今の薫風が自然の風によるものなのか?或いは疾走するバイクに受ける風なのか?この辺の見定めなどはけして人間の及ぶところでなく、神の領域である。人の世の多くの思惑などは所詮、暗槓(麻雀用語:黙って四つの牌を蓄えること)の如く、漆黒の闇の中に消え去って行く運命にあるのではないだろうか?例えその思惑は暗闇に消え去っても、新たな朝日との遭遇がそれをクリアし、人に次の希望を抱かせるのでないだろうか?

往時は周囲がまったく見えなかったゆえ、相手構わず暗槓を作り世の風評(テンパっている相手)など寸分も感じなかったのである。改めて、私は「知らないことはけして悪いことだけでない。己の行く末は神の思し召しに委ねるのみ、然るに今の自分に迷いは無用」と悟り、聖なる蔵王に敬意を表し、再びライムのマシンに火を入れた。
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