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実社会&ブログに於けるモラルの重要性
つまらないところにこだわると言われるかも知れないが、今まで私は言葉遣いや挨拶の仕方、呼び名(敬称や肩書き)を巡って多くの人と軋轢を起こしてきた。そこの差別を感じた時、普通の人が見過ごしたり、或いは流したりするようなことがどうしても容認できないのである。これを第三者的な見地で捉えるならば「モラルの違い、価値観の違い」ということができる。コンプライアンスは火を見るよりも明らかなことであるが、このモラルほど曖昧なものはない。モラルは各人の主観に委ねられる性質上、あやふやなものであり、まさに百人百様のものと言える。ここでもし私を含めた百人について各々のモラルの観念について一人一人分析に及ぶのであれば、私は恐らくモラルに厳しいほうの最たる部類に属するのは間違いないと自覚している。この姿勢は「自分に厳しくもあり、人にも厳しいスタンス」と言える。

何故私がモラルにこだわるのか疑問を抱くかたもお在りになろう。私がそれにこだわる発端となったのが、うつ病を患った際に受けた私への軽視、蔑視、即ち差別による人権侵害であった。その経験がなければ今でも恐らく従順な羊のように人に逆らうことを知らない人物であったことだろう。私が多くの軋轢を経て、名誉回復に及び、自信を取り戻せた要因は何といっても「武士道に於ける儒教思想の吸収」であった。

然るに、礼儀正しく、規律を重んじる我が国の国民性の背景には過去の遺産とも言える封建制時代の武士道が大きく関与していると受け止めている。即ち武士道を志す者にとって儒学(論語などの儒教思想)の修得は必須条件であった。儒学の心を知らずして武士と名乗るべからず。上級武士から下級武士に至るまで、封建制度に於ける武士社会にはそのような風潮が浸透し、常識化していたのである。何事も礼で始まり礼で終わるのは今でも大相撲などの武術で見られるが、それは階級に関わらず、相手への尊厳を伝えるものとして公平に行われるべき筋合いのものである。

これを実社会に当てはめようとしたのが私の流儀である。即ち、日本国憲法第14条1項は法の下の平等であり、その内容は「すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により政治的、経済的又は社会的関係において差別されない。」と謳われている。私は管理職でないが出世の沙汰は単なる時の運と受け止めているゆえ、その職位(広義に社会的身分と解釈可能)によって呼び名や挨拶を使い分けるのは立派な差別であり、日本国憲法第14条への抵触と考えている。

但しこれを宣言した時は一部から反論もあった。憲法14条という鎧甲で武装した私に対してその時どんな反論があったのかを箇条書きで羅列する。
1、組織には厳然たる職制が存在するゆえ、こういった処遇も止むを得ない。

1に関する考察:憲法14条を理解していない答弁ゆえ、これは論外である。

2、世の中には様々な職種の組織が存在し、その社会での慣わしやしきたりによる既存概念というものがある。例えばオフィス勤めの商社マンとは異なり、部下や従業員の命を預かる鳶工の親方は必然的に口の聞き方が荒っぽくなる。組織に属するからにはその辺も考慮すべきである。

2に関する考察:ちなみに私の職種は鳶工に非ず、建設業である。従って業種的には近いと言えないこともないが、これを言った御仁には思慮に欠けるものがある。それはそうした言葉を使う背景には相互の信頼関係が不可欠だからである。鳶工の親方と鳶工の間は深い信頼関係(鳶工は命を賭ける商売ゆえ、双方に武家社会に於ける主従関係に近い観念がある)で結ばれている。だからそうした荒っぽい言葉であってもコミニュケーションが取れるのである。従って、こうした職業倫理観と法の下の平等に訴える私の差別問題とはまったく別の問題ゆえ、筋違い甚だしいものと受け止めている。

こうしたいきさつを経て私の憲法14条を根拠として私の鎧甲はどんな刀も槍も突き通すことはなかったのである。ところでこの14条厳守のスタンスを自己ブログへ転用に及んだところ、それまでのようなモラルの乱れがなくなり快適なブログライフを楽しめるところとなった。きょうは具体的に私がブログ更新やコメント時にどんなところに気を配っているのかを述べたい。

一、相手は顔を合わせたことがないかたがほとんどゆえ、年齢に関わらず男性の場合は貴兄という言葉で呼び、女性の場合はご自身と呼ぶ。(年少者であっても同等に扱い、あくまで差別しない)ちなみにこのスタンスは作家の志賀直哉が親友の武者小路実篤に対して書いた手紙の書き出しの部分で「実篤兄」という呼び名(二歳年下でも兄をつけることで相手を敬う)を用いるスタンスに倣ったものである。

二、「初めまして。」や「お疲れ様です。」、「ありがとうございます。」などの言葉日常的に使う。公平な礼節の履行によって不公平感や不快感を人様に与えないようにしている。

三、勘違いや無礼があったときは即時相手に陳謝する。これは人間関係の修復にとって非常に大切なことである。

四、相手の記事にコメントする際は更新に及んだ意図をよく理解し、感情を逆撫ですることのないよう配慮する。場合によっては意図的に核心からずらした「無難なコメント」をすることも必要と考えている。要は「背理法を駆使」して相手の顔を潰さないことを第一に考慮する必要がある。

読者様への挨拶
以上のようなことをモットーに私はこれからも皆様とともに快適なブログライフを続けて行きたいと存じます。改めまして、本ブログを宜しくお引き回しのほどお願い申し上げます。
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